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残日録 --- The Remains of the Day / 2026-04

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2026-04-06 Mon

 カツ丼は遠くなりにけり---検査の後(あと)の大ご馳走を楽しみにしていたのだが、検査入院となってしまった: [Summary]

きょうは検査の日だ。 きのうは検査食を三食たべた。 お粥やら、ビスケットやら・・・ひもじくてたまらない。 一日 Youtube で他人(ひと)が脂っこいものを食べるのをずっと見ていた。

きょうは午前中に下剤を2 リットル、2時間かけて飲む。 その間ずっと検査の後(あと)に何を食べるか考えていた。 やっぱりカツ丼かな・・・。

検査の結果は、 念のために一泊だけ検査入院となってしまった。

夕食は重湯。泣きながら食べる。 もらった書類によれば、あと1週間から10日くらいは用心深い食事をしなければいけないそうだ。

「カツ丼は遠くなりにけり・・・」

2026-04-07 Tue

 Miss Fisher Investigates を読む---おもしろい!: [Book]

The Murder at Sissingham Hall (Clara Benson 2013) には、 とても期待したのだが、[--たぶん8割方装丁のせいだと思う--] 読み進ませる力がたりない。 そして、女主人公の Angela がもやもやとしていて、 掴み所がない。

「なんかいいコージーミステリーないかなぁ・・・」

数年前にテレビで見て、けっこうファンになった Miss Fisher シリーズを読んでみることにした。 まずは第一冊、 Cocaine Blues (Kerry Greenwood 1989) を読む --- 面白い! どこかの書評で誰かが "Un-putdown-able" と言っていたが、 まさにその通りだ。

一人一人の性格がとても分かり易く はっきりしているところが、ぼくに向いているのだろう。 [--というわけで、決して純文学ではない--] 出てくる登場人物がどれも楽しい造形だ。

アガサ・クリスティの小説がその典型だと思う。 考えてみれば、 どこが取り得なのか分からないまま、 いつの間にか20冊近く読み進めていた Mrs Jeffreys シリーズ (by Emily Brightwell) にも同じことがいえる。

2026-04-11 Sat

 クワインの存在論のインワーゲンの解釈が楽しい(あってるのかしらん・・・)---発表のアイデアがでてくる;なんとか学会に間に合うかもしれない: [Anthropology]

[16:53:11] 今日作った ikiwiki (phil-web) の エントリーを読みながら、 頭の中でアイデアが浮かぶのをまっている。 "Fiction and Metaphysics" (Peter van Inwagen 1983) の まとめ (phil-web) とあわせて、 クワインの存在論を読むと、 5月の日本文化人類学会の発表の筋がうかんできた。 日本語の「あるとはどいうことか」のまとめ (phil-web) も参照すること。

2026-04-12 Sun

 『まんが日本昔ばなし』の怖い話プレイリストを聞いている---雪女よりきつねの女房のほうが色っぽいと思う;でも女郎蜘蛛がぼくの贔屓(ひいき)だ: [Cinema/TV]

ここ数日 YouTube で 『まんが日本昔ばなし』の「こわい話」プレイリスト (誰がつくったか知らない)を聞いている。 どれも面白い。 とりわけ、「魂をとる亡者」がおもしろい。

勉強のバックグラウンドミュージックに いろいろ試した --- Bluey とか、 ジャワの村落探訪、 大雨の動画、 サンゴ礁の動画、などなど。 やっと最高の勉強のバックグラウンドを見つけた --- 『まんが日本昔ばなし』が一番だ。

つづけて『雪の夜話し』をみている。 ぼんやり聞いていた。 なんか「雪女」みたいだなと思っていた。

これは「雪女」の話だった! 二度目の邂逅からの話なので、 気がつかなったのだ。

「この物語を漫画にしたいな」と思った。

そのまま、だらだらと・・・今「きつねの女房」を見ている。

このプレイリストには、 冒頭部分が削除されているエピソードがいくつかある。 じつはこのエピソードもタイトルなしで見ていた --- 「女房」が「きつね」であることを知らずに見ていたのだ。 「Spoiler のタイトルも問題だな」と思った。 炉端の生の昔ばなしもタイトルはなかったわけだから、 むしろタイトルはないほうがいいのかもしれない。

「むすめスギ」の杉の精もきれいだな・・・。

これまでに観た『まんが日本昔ばなし』にでてきた 化生の女性でぼくの一番好きなのは、 旅人とかたりあう鉄火な女郎蜘蛛だ。

2026-04-14 Tue

 『ヒルダの冒険』(Netflix)をもう一度みた;〈すばらしいシリーズすべてを台無しにする最終回〉もみた---びっくり、記憶がまちがっていた;最終回もおもしろかったです(ごめんなさい!): [Cinema/TV]

Hilda (Netflix)は、ぼくの好きなアニメシリーズの1つだ。 数年前に既にすべてのエピソードを観たのだが、 [--2020年に S01 と S02、2023年に S03--] きのう ひさしぶりに見たくなった。 Netflix で Hilda をクリックすると、 S03E06 ("The Forgotten Lake") が開いた。 Hilda を観るのは既に2回目で、 シリーズ 3、エピソード 6まで見ていたということだ。

S03E06 はとても面白かった。

きょうは続けて S03E07 "Strange Frequencies" を観る。 こんなに面白かったことをころりと忘れていた。 そのまま S03E08 "The Fairy Isle" にはいる。 エピソードの途中で休憩。 物語全体の構成をみる。 想定外だったが、このエピソードが最終回なのだ。 特別なのはそれだけでない; エピソードの長さが1時間半もあるのである (その他のエピソードは25分くらいだ)--- 子供向けの映画1本の長さだ。

「最終回」と聞いて、 このエピソードの筋をはっきりと思い出した。 The Troll Hunters からはじまる三部作は、 ほどほどに好きなテレビアニメ・シリーズの1つなのだが、 あの「最終回」は受け入れられない。 テレビシリーズの最悪の最終回の1つだと思っている。 私が言いたいことは、 Hilda の最終回もそれと並ぶほどの (あれほど酷くはないが)すべて打ち壊しの最終回だ、という ことだ。 すくなくとも、僕の記憶のなかではそうなっている。

・・・

なぜか、ぼくは1回目の視聴のときに、 最終回の後半を見なかったようなのだ。 前半部分で「おしまい」と思い、 「ひどい!」という感想をもったんだ。

そんなことはありませんでした。 それなりの最終回でした。 [--世界を説明するような最終回にする必要はないと、わたしは思うが。--]

2026-04-15 Wed

 ChatGPT に書いてもらった perl スクリプトがエラーを吐く;書き換えをたのんだが、「お前が コピー&ペーストで間違えたのだろう」とけんもほろろである---Claude.ai に聞いたら、すぐに直してくれた: [Data]

いよいよ bibtex から biblatex に移行することとした。 ChatGPT に bibtex から biblatex に変換する perl スクリプト (bib-clean.pl) を書いてもらった。 ところが、このプログラムがうまくうごかない。 ChatGPT にエラーをアップロードして、 なおしてくれるよう頼んでも、 「コピー&ペーストの際に失敗したんだよ」ととりあってくれない。 リテラルとして小括弧や中括弧や大括弧が活躍するプログラムなので、 目がくらくらして、 自分じゃなおせない。

万策尽きたと思ったが・・・別の生成 AI (Claude.ai) に聞いてみたら、 一発で解決した。 そういもんかな・・・。

2026-04-20 Mon

 『ポラーノの広場』(宮沢賢治)(朗読 沼尾ひろ子)を聞いた;賢治のカタカナにうっとりする---「デステゥパーゴ」って悪役の名前として一番イカシてる(「ダースベーダー」がナンバー2): [Cinema/TV]

今日の散歩のお伴は、『ポラーノの広場(6)』(宮沢賢治)(朗読 沼尾ひろ子)、 最終回でした。

賢治の小説は(読んでもいいけど)聞くべきだな、と思った --- ポラーノ、ファゼーロ、 イーハートーヴ(もちろん「岩手」)、モリーオ市(盛岡だそうだ)、 センダード市(仙台!)・・・。

2026-04-28 Tue

ニュース…「「左派ユダヤ人にとって、ブントは模範である」:ヨーロッパ最大級の社会主義運動の一つに隠された急進的な歴史」---この記事は書評論文です;対象になった本、とても面白そうだが 450ページもある・・・ : [Category World]

[Visit Website The Guardian]  

原題は: ‘For leftist Jews, the Bund is a model’: the radical history behind one of Europe’s biggest socialist movements | Judaism | The Guardian

Molly Crabapple の本の書評論文である。

以下 Sider による要約:

本記事は、Molly Crabapple の新著『Here Where We Live Is Our Country:The Story of the Jewish Bund』を軸に、1897年にツァーリ帝政下で生まれたユダヤ系社会主義政党「ブント(Bund)」の急成長と崩壊を描きつつ、その思想が現在の運動(パレスチナ解放への連帯など)にいかに響いているかを論じる。ブントは、ユダヤ人の文化的尊厳を守りながらも国民主義(とりわけシオニズム)に反対し、「民族の特殊性は必ずしもナショナリズムに結びつかない」「違いを越えた連帯」を実践しようとした。だが20世紀の大激変(レーニンによる弾圧、ナチスの壊滅、そしてシオニズムによる入植国家の成立、ソ連型社会主義の専制化)によって敗北し、記憶は周縁化された一方で、著者はブントの原則が道徳的に刺激的であり得ると主張する。 (以上要約おわり)

この本と マルクスの『ユダヤ人問題によせて』 (あるいは、そこに言及されているブルーノ・バウワー)の議論、 そして現在のネタニエフのイスラエルとを3つ重ねると見えてくるものがあるような・・・。

ウィキペディアで 調べてみてびっくりした。 著者の Molly Crabapple という方は、アーティスト、作家、そして漫画家だというのだ。

よし! ぼくも頑張ろう! いまから、漫画を書いて、小説を書いて、絵をかくぞ!

2026-04-29 Wed

 今度の学会発表が『ドラゴンボール』みたいな長〜い「前回までのあらすじ」だけで終わっちゃいそうな予感・・・---(喋っている人が)10年以上にわたって書いてきたことを15分にするんだから、(聴いている方にも)面白いと思うが・・・どうだろう?: [Anthropology]

5月末の日本文化人類学会の研究大会での発表、 「よろめきの美徳」 の大枠を考えてみた。

★ 「これまでのお話(その1)--- ないものがない(否定性の欠如)」。

自閉症(『自閉症の現象学』 (村上 靖彦 2008))、 概念枠組(On the Very Idea of a Conceptual Scheme (Davidson 1974))、 (ウィトゲンシュタインの)独我論 (Tractatus Logico-Philosophicus (Wittgenstein 1961)) はすべて単相状況 (『心と他者』 (野矢 茂樹 2012 (1995)))であり、 その世界には「ないもの(隠れているもの)がない」。 自閉症の世界には理解できないもの(「他者」)がいないのだ。

★ 「これまでのお話(その2)--- ないものがある(他者、異文化がある)」。

自閉症でない人の世界には影が、 見えないところが、 わからないものがある --- すなわち世界は「ないもの」に溢れているのだ。 「分からないもの」の典型が他者であり、そして異文化である。 ないものがある状況こそが複相状況であり、 ウィトゲンシュタインがウサギアヒルの図 Philosophical Investigations (Wittgenstein 1968) で示したものだ。 複相状況とは地としての自文化の上に、図としての異文化を見る、 そのような状況である (「異文化の見つけ方」 (中川 敏 2015)、 「引用と人生」 (中川 敏 2016))。               
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★ 「これまでのお話(その3)--- 「ないものがある」にも程度がある」。

複相状況にもいろんな程度がある。 「エンデの人々は妖術を信じている」と報告する宣教師と、 「エンデの人々は妖術を信じている」と報告する人類学者の複相には差がある筈だ。

★ 「今回解いていきたい問題 「図と地が反転するとはいかなることか」」

人類学者がいくら「深い深い、まきこまれる異文化理解」とわめいても、 (Deadly Words: Witchcraft in Bocage (Favret-Saada 1980)) 彼の複相の地は、あくまで、自文化である。 けっきょく、節子は土屋とわかれ、倉越家の嫁として生きてゆくのだ (『美徳のよろめき』 (三島 2021))。

地が異文化になってしまう状況、 地と図が反転する状況とはどんなものなのだろう? 反転(あるいは「転向」)のよい例は QAnon への信仰のめざめの中に見られる --- 高学歴で、民主党支持の弁護士エミリが、 突然 QAnon の信者となる。 社会変革への熱心な支持者であったリベラルな考えをもつ アリスが突然 QAnon へとかたむいていく (The Quiet Damage: QAnon and the Destruction of the American Family (Cook 2024))。

なお、わたしが描きたいのは、因果関係ではないことを宣言しておきたい。 心理学的社会学的な説明はちまたにあふれているだろう。 クックの本がそうだし、秦の『陰謀論』 (秦正樹 2022) をはじめ様々な 本がこの現象(QAnon への転向)を社会学的に説明している。 そうではなくて、 わたしが描きたいのは、「地と図が反転する」というのは 論理的にどのようなものかということだ。

★ 「これまでのお話(その4)--- トランプといじめ」

前回の発表、 「いじめの誘惑: ヒト、空気を読む」英語版) (中川 敏 2025) で行なったことは、 「いじめ」、とりわけ「冗談を武器にした いじめ」(〈いじめ/冗談〉)を、 デネットの「心(志向性)の埋め込みのレベル」を背景にして眺めてみることだった。 3次の志向性は霊長類学者が「(サルとヒトの)閾」として考えた「他人の心」である。 わたしは、3次の志向性を対象にする心的態度、 すなわち、虚構を楽しむ態度があることを指摘した。[--わたしはこれが「閾」であると主張したい--] いじめ/冗談とは、さらに、この「虚構を楽しむこと」自身を 対象にした態度なのだ。

★ 「いよいよ本文」

最後に、〈いじめ/冗談〉を可能にした舞台装置こそが、 地と図の反転に際の論理装置なのであることを示す。

・・・

なかなかいいじゃん。 これを枠組にして書き始めよう!

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最終更新時間: 2026-04-30 11:15