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Summary - 残日録 --- The Remains of the Day

最終更新時間: 2026-04-30 08:58

2026-04-06 Mon

 カツ丼は遠くなりにけり---検査の後(あと)の大ご馳走を楽しみにしていたのだが、検査入院となってしまった: [Summary]

きょうは検査の日だ。 きのうは検査食を三食たべた。 お粥やら、ビスケットやら・・・ひもじくてたまらない。 一日 Youtube で他人(ひと)が脂っこいものを食べるのをずっと見ていた。

きょうは午前中に下剤を2 リットル、2時間かけて飲む。 その間ずっと検査の後(あと)に何を食べるか考えていた。 やっぱりカツ丼かな・・・。

検査の結果は、 念のために一泊だけ検査入院となってしまった。

夕食は重湯。泣きながら食べる。 もらった書類によれば、あと1週間から10日くらいは用心深い食事をしなければいけないそうだ。

「カツ丼は遠くなりにけり・・・」

2026-03-26 Thu

 今日はもと学生さんたちが大阪の真ん中で飲み会をセットしてくれた---楽しい一日でした: [Summary]

きのうはインドネシアでお世話になった家族が日本にやってきた。 若い夫婦が、 4人の子供と奥さんのお母さんとを連れてやってきたのだ。 久し振りに他人としゃべった。 今日も外出だ。 むかしの学生さんたち(2人)が飲み会をセットしてくれたのだ。 きょうも大阪の真ん中に出掛ける。

おいしい料理でした。たのしいお喋りでした。満足まんぞく。

2026-03-03 Tue

 きょうはホーリーの御祭りだ---EMちゃん、大燥(はしゃ)ぎ: [Summary]

きょうはBくんとCちゃんの仕事場である AHC で ホーリーの御祭りがある。[--暦の上では明日--] インドの二大祭だそうだ。 1つは10月のディワーリの祭(「光の祭」)、 そして、今回のホーリーの祭(「色の祭」)だという。 ホーリーの日は、道行く人々がたがいに絵の具などで、 相手に色をつけるのだという。 この日には外出はしないほうがいいということだ。

きょうは一日はやく AHC 内だけでのホーリーの御祭。 家族が、とくに子供達があつまって、 チョークの粉をかけあう。[--去年は絵の具でやって大変なことになったそうだ--] みな、汚れてもかまわない(安ものの)白いクルタ(膝丈のシャツ)を着ている。

広い中庭に屋台がいっぱい、そしてテーブルが並んでいる。 その中庭の一部が区切られており、 色かけごっこはその中だけで、という約束だ。 EMちゃんは着いてすぐに、 色かけに夢中で、中庭のその部分をかけまわっている。 他の子供たちとかけたりかけられたりだ。

そろそろ草臥れた頃に、 色かけから、花弁(はなびら)かけにうつる。 EMちゃん、色かけごっこに増して、 花弁かけごっこに夢中でした。 大人たちに上から花弁をかけてもらって、 音楽にあわせて踊っていた (^o^)

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2026-02-21 Sat

 まっとうな旅人らしくタージマハルへ行く: [Summary]

きのうインドに着いた。 Cちゃんちにやっかいになる --- というか、旅の主な目的は EMちゃんのおさんどんだ。

とまれ、こないだ行けなかったタージマハルに行く。 運転手さんつきの大きな車に乗って、デリーから4時間くらいかな。 アグラの町につく。 一泊して、明日の朝、タージマハルへ出発だ。

2025-12-28 Sun

 大忘年会、たぶん第7回、小屋主もいれて計16人の大盛況でした---楽しい楽しい一日でした;1時過ぎから9時過ぎまで飲んでいると、さすがによっぱらった・・・: [Summary]

今年も肝煎りのUT (OB)くんたちががんばってくれて、 恒例の大忘年会が開催された。 ぼくは場所を提供するだけ。

小屋主をいれて大人が13人、子供が3人、合計16人! みんながいろいろ持ち寄ってくれたので、 おなかもいっぱい、お酒もいっぱい。 子供たちが手品をしてくれたので、今回は余興もあった!

2025-09-01 Mon

 日本にかえりました;荷物がひとつチャンギで乗り遅れてしまったそうだ---関空で世話をしてくれたグランドスタッフの人が「去年まで大学で苔を勉強してました」という不思議な女の子でした: [Summary]

8月31日の夜9時半にデンパサールをテイクオフする。 チャンギで乗り継いで、 関空に着いたのは朝の 9時ころである。 飛行機を降りたところで、 航空会社のグランドスタッフによびとめられる。 なんと、ぼくの荷物 (2つあるうちの1つ)がチャンギで乗り継ぎができなかったそうだ。

ラゲージクレームのところで JAL の職員さんといっしょに (問題の航空会社は JAL でありません)書類を作成する。

去年につづき、□□航空の失態・・・。 来年は JAL か ANA にしようかな(羽田乗り換えになる)。

2025-08-27 Wed

 ズパドリ村を出て、エンデの町へ---中国人(中国系のインドネシア人)の豪華な家でまったり: [Summary]

いよいよズパドリ村を出る日である。 ミルスのトゥーバンダの後にも、 数え切れない程のトゥーバンダがあった。 誰が誰に何を贈ったかをメモするだけで、 疲れきってしまったが、 (せこい言い方だが)論文1本は簡単に書けそうだ。

カニスの車(軽トラ)でエンデの町まで送ってもらう。

ここ数年は、 町では、 中国人(中国系のインドネシア人)の家に泊めてもらうことにしている。 豪華なおうちでゆっくりする。

夜は、 車(乗用車)でエンデの町を案内してもらう。 洒落たレストランで食事 --- おいしゅうございました。

明日、エンデを出て、バリへ行く。

2025-08-19 Tue

 西の村でミルスのトゥーバンダ(「婚資を運ぶ」儀)があったのでついていく---カニスがンバッボ(婚資交渉)で婿(ミルス)側を代弁する;なかなかすっきりと終わった: [Summary]

きょうはミルスのトゥーバンダ(「婚資を運ぶ」儀)の日だ。 夕方でかけるということだったので、 4時ころから、 ぼくらもミルスの家で待機している。 なんや・かんや・いろいろあって、出発したのは夜の7時半だ。 むかしは歩いていったが、この頃は車(軽トラ)である。 3台に分乗して出発する。

目的地の村には30分ほどで着く。

なんや・かんや・いろいろあって、 ンバッボがはじまったのは、10時近くだ。

カニスが婿(ミルス)側を代弁する。 贔屓目かもしれないが(彼はぼくの「弟」となる)、 なかなかうまく交渉を進めていた。

交渉はほぼ決定したので、 (この後、まだまだいろいろプロセスがあるのだが) 一足さきに失礼した。 やはり先に帰りたがってた おばちゃんたちといっしょに軽トラに乗り、 ズパドリ村に帰る。

ねむい・ねむい。

2025-08-14 Thu

 今年の調査では結婚がいつにも増していっぱいある;その他にも分からないことがあるので、いろいろ質問してみた---答:今年はカトリック教会では 25年に一回の「ユビリウム」の日、問題のある結婚事案も「在庫一掃」なのだという: [Summary]

この10年くらいの間、 カトリック教会は結婚式は(1年に1度)教会が決めた日にだけ行なうという、 「集団結婚式」(ニッカ・マッサル)の制度を採用している。 というわけで 8月に結婚が沢山ある、というのには慣れていた。 「それにしても多過ぎる!」・・・というのが今年の状況である。

ハニ先生やリヴァ、カニスたちに質問してみて、納得した。 カトリックにとって、今年は 25年に1度の 「ユビリウムの日」にあたるのだそうだ。 いままでカトリック教会が認めなかった結婚 (親の許しがない結婚などなど)も、 まとめて認可する、ということだ。

ふつうはトゥーバンダ(「婚資を運ぶ」儀)は、 その名のとおり、 婿側の親族が「婚資を運ぶ」、 すなわち、婿側の親族が嫁側の家に行くのが普通なのに、 マーの例のように、 嫁側が受け取りにでかけるという事例もけっこうあった。

ルールは実はこうなのだ、という --- (1)嫁が まだ両親といっしょにいるのなら、 婿が(嫁のいる家に) 「トゥーバンダ(婚資を運ぶ)」のだが、(2)嫁が すでに婿側の家で暮しているときは、 嫁側の親族が婿側の親族(嫁のいる場所)にでかけていくことになるそうだ。

2025-08-13 Wed

 婚資の引き渡しがあった;夫も妻も、ズパドリ村の人間である---婚資交渉(ンバッボ)はもめに揉めて、深夜すぎても決着はつかず: [Summary]

きょうはマーの娘のンバッボ(婚資交渉)の日である。 夫もまたズパドリ村の住人である。 どちらからも招待がきた。

ぼくは、リヴァやハニやカニスといっしょに、 まずマーの家(嫁側の家)へ行く。 そこでお昼ご飯をごちそうになる。 ここから皆で婿側の家に行くのだ。 その出発の前に、 ハニとカニスとぼくは失礼する。

そこから、こんどは婿側の家に行くのだ。 ハニとカニスも嫁側とも、また婿側とも、 それなりの親族関係がある。 今回は、主に婿側として行動することを決めたようだ。

さてしばらくすると、 嫁側の親族が行列をなして、 贈り物(豚や寝台や米や衣服などなど)をもってやってくる。 婿側が豪勢な食事をもってかれらをもてなす。

夜中になって、やっとンバッボ(婚資交渉)がはじまる (婚資は婿側の親族が嫁側の親族に渡すものであふ)。 婿側が用意した婚資(象牙が2本、牛、などなど)は、 ぼくが見ても「まぁまぁ」の量があった。 しかし、嫁側はなかなか納得しない。

12時をすぎても、まだまだンバッボは続きそうなので、 私は一足先に帰ることにした。

2025-08-10 Sun

 ミルスの家での戦略会議に参加する---まもなくミルスの婚資ひきわたしの儀(「トゥーバンダ」)があるが、チームでの戦略会議である: [Summary]

ミルスは、 ぼくの「父親」だったアプさん(1990年代に亡くなっている)と 同じ父系親族(ワジャ・ビッサ)に属す、村の若者である。 今月の19日(きょうは 10日)に婚資をもって妻方の村へ行く予定である。 これを「トゥーバンダ」と呼ぶ。 さて、アプさんの後を継いでいるのは、 末っ子のカニスだ。 彼がミルスの「仲間」のリーダーとなる。 「仲間」とは、ミルスの父系親族と、 彼の「ウェタ・アネ」と呼ばれる姻戚である。 リヴァはカニスの姉妹(ウェタ)なので、リヴァとハニは このウェタ・アネとなる。

19日にぼくら(ミルスの親族とウェタ・アネたち)が婚資をもって、 妻方の家を訪れるのだ --- トゥーバンダである。 そして、その夜、婚資の支払いの交渉(ンバッボ)が行なわれる。 このンバッボのための戦略について考えよう、というのだ。

集会には、女もいれれば40人、50人はいただろう。

いったん解散して、また夜あつまる。 だいたいの作戦が決まったようだ。

2025-08-06 Wed

 バリからエンデ(フローレス島)へ---無事にズパドリ村についた;熱帯はさむい!: [Summary]

COVID-19 以来バリからエンデまでの直通便 (途中で寄港はするが、フライトナンバーがかわらない便)が なくなった。 今回は DPS/LBJ (デンパサール/ラブアンバジョ)をバティックエア、 LBJ/ENE (エンデ)をウィングスエアで飛んだ。

なお、DPS/LBJ の乗客はブレ(白人)ばっかりだった。 中国人がいない。 そう言えば、 バリに二泊したが、 街中を「ジャラン・ジャラン」しても会うのはブレ(白人)ばっかりだった。 この10年くらいは中国人ばっかりで、 去年はインド人であふれかえっていたのだが --- 一気に「インド料理屋」が増えた --- 今年はむかしのバリに戻ったみたいだ。

それはさておき、閑話休題・・・ 無事、エンデに到着した。 そして、空港から一目散にズパドリ村へ向かった。

毎年お世話になっているリヴァとハニ先生に迎えられる。

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