きょうはマーの娘のンバッボ(婚資交渉)の日である。 夫もまたズパドリ村の住人である。 どちらからも招待がきた。
ぼくは、リヴァやハニやカニスといっしょに、 まずマーの家(嫁側の家)へ行く。 そこでお昼ご飯をごちそうになる。 ここから皆で婿側の家に行くのだ。 その出発の前に、 ハニとカニスとぼくは失礼する。
そこから、こんどは婿側の家に行くのだ。 ハニとカニスも嫁側とも、また婿側とも、 それなりの親族関係がある。 今回は、主に婿側として行動することを決めたようだ。
さてしばらくすると、 嫁側の親族が行列をなして、 贈り物(豚や寝台や米や衣服などなど)をもってやってくる。 婿側が豪勢な食事をもってかれらをもてなす。
夜中になって、やっとンバッボ(婚資交渉)がはじまる (婚資は婿側の親族が嫁側の親族に渡すものであふ)。 婿側が用意した婚資(象牙が2本、牛、などなど)は、 ぼくが見ても「まぁまぁ」の量があった。 しかし、嫁側はなかなか納得しない。
12時をすぎても、まだまだンバッボは続きそうなので、 私は一足先に帰ることにした。
ミルスは、 ぼくの「父親」だったアプさん(1990年代に亡くなっている)と 同じ父系親族(ワジャ・ビッサ)に属す、村の若者である。 今月の19日(きょうは 10日)に婚資をもって妻方の村へ行く予定である。 これを「トゥーバンダ」と呼ぶ。 さて、アプさんの後を継いでいるのは、 末っ子のカニスだ。 彼がミルスの「仲間」のリーダーとなる。 「仲間」とは、ミルスの父系親族と、 彼の「ウェタ・アネ」と呼ばれる姻戚である。 リヴァはカニスの姉妹(ウェタ)なので、リヴァとハニは このウェタ・アネとなる。
19日にぼくら(ミルスの親族とウェタ・アネたち)が婚資をもって、 妻方の家を訪れるのだ --- トゥーバンダである。 そして、その夜、婚資の支払いの交渉(ンバッボ)が行なわれる。 このンバッボのための戦略について考えよう、というのだ。
集会には、女もいれれば40人、50人はいただろう。
いったん解散して、また夜あつまる。 だいたいの作戦が決まったようだ。
COVID-19 以来バリからエンデまでの直通便 (途中で寄港はするが、フライトナンバーがかわらない便)が なくなった。 今回は DPS/LBJ (デンパサール/ラブアンバジョ)をバティックエア、 LBJ/ENE (エンデ)をウィングスエアで飛んだ。
なお、DPS/LBJ の乗客はブレ(白人)ばっかりだった。 中国人がいない。 そう言えば、 バリに二泊したが、 街中を「ジャラン・ジャラン」しても会うのはブレ(白人)ばっかりだった。 この10年くらいは中国人ばっかりで、 去年はインド人であふれかえっていたのだが --- 一気に「インド料理屋」が増えた --- 今年はむかしのバリに戻ったみたいだ。
それはさておき、閑話休題・・・ 無事、エンデに到着した。 そして、空港から一目散にズパドリ村へ向かった。
毎年お世話になっているリヴァとハニ先生に迎えられる。
COVID-19 以来、 大阪からデンパサールへの直通便がなくなってしまっている。 去年も SQ を使った。 いろいろと不手際があったので、今回は別の便にしようかと思ったが、 やはり一番信頼できるので SQ にした。 午前11時に関空をでて、 チャンギで乗り継いで、 夜の 9時に到着する便だ。
とくに問題もなくデンパサールに到着する。
いつもの宿に着き、 ぐっすり。
CちゃんとEMちゃんがインドから到着する。 1ヶ月ほどのバケーションだ。 日本の夏も暑いが、 インドはもっと暑いという。
空港で「じーっちゃん!」とかけてくるEM、 映画みたくてかわいかった。 「ばっちゃん」も来ているのに気がついて、 おお喜び。
1時間ちょっとで家にかえりつく。 タクシーの中で寝て、 家について起きたのだが、 にこにこがつづいている。
先日MY (OB)くんの写真展でのことだが、 HM (OG)さんの音頭でぼくの(1月以上おくれになるが)誕生会をしようという 話になった。 というわけで、今日、四人の元学生さん (HM (OG)さん、MY (OB)くん、UT (OB)くん、NF (OG)さん)が集まってくれた。
日本一長いと有名な天神橋筋商店街をぶらぶらと歩く。
しばらくすると、目的の中華料理屋さんに着く。 店員さんが中国人というのは、もう慣れたが、 お客さんも(ぼくら以外は)ぜんいん中国人だった。
さすがに中国人の客の多い料理屋さん、 とてもおいしい料理でした。
9時ころまで食って、飲んで、喋って・・・。だいまんぞく。
腹ごなしに喫茶店にいく。 誕生日っぽくパフェを頼んだら、 みんなもパフェで、なかなか強的(ごうてき)だった。
しばらくして、一人ひとりからプレゼントをもらった。
感激・・・。
みななかなかに僕の趣味を知っている!
とっても楽しい「お誕生会」でした (^o^)/
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ぼくの発表は11時台だ。 発表予定の会場に行き、ぼくの前の発表を聞く。 大きな会場だ。
いよいよ発表だ。 「いじめの誘惑 --- ヒト、空気を読む」 を一気呵成に読んだ。 ロレツがまわらない。滑舌がわるい。まいった、まいった。 それでも無事に17分喋った。 とってもすばらしい質問もでたし、 時間外の質問も楽しかった。 そこで帰ろうと思ったが、 OW (OG)さんが「次の発表も聞いていきなさい」というので、 聞いた。
MK (OG)さん、NO (OB)くん、 筑波のもと学生さんたちとおいしい中華料理屋さんに行く。 おいしゅうございました。
秋葉原で寄り道。
新幹線で無事帰宅しました。
JASCA、去年の大会に参加しなかったので、 2年振りだ。 知っている顔にあい、 じゃれあうのは楽しい。
訃報をいくつか聞いた。 寂しい。
懇親会[--研究大会での懇親会はCOVID-19以降はじめてだそうだ--]で 若い人たちともおしゃべりする。 数ヶ月に一度、社会とコンタクトを持つのはいいことだ。
今年もいっぱい集まってくれました。 Cちゃん一家(BくんとEMちゃん)も 特別参加! もっとも、 コロナ禍の間に みなさんの子供たちも大きくなってしまったので、 今回は子供の参加がないので、 EMちゃんはちょっとがっかり風。
昼から集まり、 持ち寄りのご馳走を食べて、 持ち寄りのおいしいお酒を飲む。 延々9時まで楽しくおしゃべりした。
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インドネシア学会の研究大会2日目、 ぼくの発表は無事に終了した。
午後 4時からお茶の水でむかしの学生さん、M (OG)さんに会った。 『古瀬戸』でいっしょにコーヒーをいただく。
彼女が東京駅まで送ってくれたので、 新幹線の時間が来るまで構内にある気持ちよいバーで しばらくの歓談。 微酔(ほろよ)い。
きょうは Bくんの勤め先の AHC でディワーリのパーティがある。 ぼくも正装したら、 家の中のなんでも屋のDくんが「いいよ」と褒めてくれた。 いっしょに写真を撮る。
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スタッフが家族を連れて参加する大きなパーティだ。 (多分ローカルスタッフへの慰労会の意味もあるのだろう)。 インド人たちはどのひとも (ヒゲだらけの男性も)まつげがばっさばっさ。 その上に豪華に着飾って目もくらむほど。 オーストラリア人はひたすら薄い --- とても地味だ。
豪華絢爛の衣装、 美人だらけの人たちが踊るダンスは 気を失っちゃいそうに素晴らしかった。
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隣に座ってたおばあちゃんに話しかけられた。 何度か聞き直すがぜったい英語じゃない! ヒンディーだ! なんかうれしい
僕に何を聞きたかったのだろう。気になる。
きょうはEと二人で有名な観光名所、 フマユーン廟に行く。 その前にシークのお寺も覗いたが、 「ま・こんなもん」。
いざフマユーン廟につくと、 緑の制服をきた中学生(もしかしたら高校生)の団体、 それも女の子ばっかりが続々と入場している。 入場券をはらって、 中にはいると、 同じような団体がいっぱいいる。 遠足の女の子たちは何百人といたんじゃないかな。 それぞれが先生に統率されて、とても行儀よく行動している --- 日本の中学生や高校生ではこうはいかないんじゃないかなぁ。 すれ違うたびにニコニコして手をふってくれる。 Eに握手をもとめる子もたくさんいた。 こんな歓迎はエンデのウォロトポ村以来だ。
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廟はなかなかに印象深い。 ボロブドゥールみたいな繊細な彫刻がないのが物足りない。