リアリズムのはなしとして、 「何が存在するか」みたいな議論をするのも面白いかもしれない。 --- どのように単相・複相とからめるかは今から考える。 セラーズの日常的イメージ (manifest image) や、 アリストテレスの存在論とかと絡めて議論すると面白いかも。 繰り返すが、 どのように「絡める」のかは、今の時点では、 全く見当がついていない。
ぼくの発表は 12時50分から13時25分までだ。 Conoha サーバーを読む。 さいごはわりと余裕があったので、 ゆっくり読んだ。 残り時間「あと5分」で読み終わった。 (本来は 13時10分、「あと 15分」までに読み終わることが期待されている)
「神 空にしろしめす。すべて世はこともなし」って感じ。 しあわせ、しあわせ。
ずっと Conoha サーバー の作業をしていた。 4時過ぎにいったん作業をとめる。 Zoom をつかって読み上げてみる(疑似発表)。 ほんとうに滑舌がわるくなっている。 どもりながら発表を終える。 40分だった。 ちゃんと時間内で読み終わる可能性がでてきた。
数学のように、 公理(あらかじめ与えられたもの)から、 なにかを証明する。 そのような「公理」に相当するもので、 「原理」と呼ぶ。
(1)「モースの原理」、交換が関係をつくる。
(2)「生命の流れの原理」、ワイフ・ギバーが ワイフ・テイカーに生命を与える。
(3)「アキカエシの原理」、 負債が紐帯をつくる。
ロティなどの「生命の路」"Path of Life" は 「生命の流れ」を二回適用したものだ。 エンデの「婚資で結ばれたキョウダイ」は、 (1)と(3)から導出される。
12月6日の東南アジア学会の発表が進まない。 問題ができたので、安心していたのだが・・・。 たいていは、問題さえ作ることができれば、 答は自ずと出てくるものなのだが、 どうも、安心し過ぎたようだ。 もう1ヶ月ほど渋滞したままだ。
エンデでは、寝ているときに「夜」が教えてくれるという (エンデ語で「コンベ・ソッド」と言う)、 まだ夜は来ていない。
去年の同じ頃の日誌を調べると、 KAPAL (インドネシア研究懇談会)では 10日前に「夜」がやってきていた。 東南アジア学会では、 なんと 3日前にやっと夜の訪れがあった。 そのわりに全然あせっていない・・・。
今年もどっしり構えて、 夜が来るのを待とうかしらん。
以下は、 「進化学界においては、 パングロス論文は間違ったものとされ、中間説は定説になっている」という 理解にもとづいて書きます。
グールドとルウォンティンが パングロス論文、 すなわち、 "The Spandrels of San Marco and the Panglossian Paradigm: A Critique of the Adaptationist Programme" (Gould \& Lewontin 1979) の 中で目指すのは、適応至上主義はまちがっており、 進化にはそれ以外の道もあるのだ、ということを示すである。 そこで出された様々な具体的な案はどれも面白いが、 それらはさておき、 野望は以上のとおりだ --- すなわち、 適応で説明するのがいかんというのではなく、 それだけではないよ、という議論だ。
中間説とは、まさにそのような答えじゃないのだろうか?
分子レベルだと中間説(自然淘汰じゃないよ)はよくて、 表現型レベルだと中間説(自然淘汰じゃないよ)はよくない、というのだろうが、 その辺の議論が、ぼくにはよく分かっていない。
The Spandrels of San Marco and the Panglossian Paradigm: A Critique of the Adaptationist Programme (Gould \& Lewontin 1979) を読みおわった。 ぼくがずっと思っていた疑問を、 明解に(いささか余計な衒いが多いが・・・)述べた論文だ。 以下、感想をかねた Todo と自分への設問。
flores-web(フローレス島の民族誌ウェブ) (flores-web) を しばらくの間公開している。 いずれ行なう本格的な公開のための準備である。 あと1週間ほどでまた閉じる予定だ。
エンデの交換についての総説、 「交換(総説)」 (flores-web) を書きはじめた。 アフリカの民族誌から「情愛の経済」 ("economy of affection") の 言葉を導入した。 それに対応することばとして「非情の経済」を作った。 [--これは、ぼくの造語だ--] なかなか。
ただし、「情愛の経済」と「非情の経済」とは、 「生活に埋め込まれた経済」と「離床した経済」に対応することを、 どこかで述べなければいけない。
[15:22:53] ChatGPT との会話 (phil-web) を作る。
まだコンピューターが普及していない頃(1980年代)、 フィールドノーツのまとめをルースリーフに丁寧に書き写していた。 それらの手書きのまとめに対して OCR を試したこともあるが、 まるで失敗だった。 なんというか、文字化けのような結果がでてくるのだ。
ダメモトで ChatGPT に読みとりができるか尋ねてみた。 「丁寧に書かれたものなら可能性はある」ということ。
pdf を送ると、「OCR をかけていない」と却下される。 「いまから、OCR をかけるのに・・・」。 しかたないので jpg で一枚づつ (1枚が現地語、1枚が日本語)おくる。
びっくり。 かなりの精度で読み取っていた。
まずは、いささかスカトロジックな 「オンド戦役」 のトランスクリプションと、 その翻訳を flores-web にアップロードした。
「いじめの誘惑」の原稿は以下を、それぞれ、クリックせよ: 日本語、 英語。
ChatGPT をつかって、 「いじめの誘惑」の原稿を翻訳する。 形式的にはうまくやってくれた。 1時間ちょっとで完了した。 これから内容のチェックをするところなのだが、 はやめに発表したかったので、とりあえずアップロードした。 ここです --- bully.en.html
つぎはエンデ関係の論文だ!
6月8日の日本文化人類学会の研究大会での発表原稿、 難産だったが、なんとかおわった。 〆切りの魔力だ。 内容もよいと思う。 ここ にあります。
とはいうものの、 長過ぎる。 いまから10日間でなんとか半分にしなければ・・・。