頭をつかむ

エンデで歴史を書き換えるやり方

Satoshi Nakagawa

1

今回の発表はエンデ「アキカエシ」三部作の最終回である。 これまでの二回の発表を通じて、わたしはエンデの規則について論じてきた。ある規則(母方交叉イトコ婚)がまったく守られていないのにもかかわらず、いまでもエンデの人の生活を規制しているのだ。なぜか?これが最初の発表のテーマである。 答は、規則を破ることが重要だから、ということだ。規則を破ることにより、彼らは負債をつくる、そしてその負債が絆を保つのである。

エンデの人はフローレス島に住む

ある規則を破るためには、まずその規則が存在しなければいけない。規則は、いわば、破られるために存在しているのだ。今回の発表は、規則が破られたという事実を過去に遡ってつくりだす(捏造する)やり方について述べる。そうすることによって、エンデの人々は(ありもしない)負債を語るのである。

(交換 に関する)規則が破られると 負債 が生じる。その負債が 絆 を生む。これが アキカエシ の論理である。エンデの人たちの行動の背後にこの論理があることを示したのが、前の2回の発表であった。今回の発表は 過去 に遡って負債をつくりだす(歴史を作る)やり方について述べる。そうすることによって、エンデの人々は(ありもしない)負債 を語るのである。

これまでの 2回の発表は、エンデの文化の一つのテーマである「アキカエシ」をめぐる議論であった。「アキカエシ」は、折口信夫が古代日本の文化のテーマとして発見した考え方である。簡単に言うと、負債はつながりだ、ということである。

アキカエシシリーズの第一回でも紹介したエピソードだが、わたしが初めて遭遇したエンデにおける アキカエシ のテーマを示唆する事例を紹介しよう。わたしのフィールドワーク初期のメインインフォーマントであるアプさんから聞いた話である彼の父(カパ)とその妻(ウェア)をめぐるエピソードだ

ウェアはカパの3番目の妻だった。彼女はカパ が4番目の妻をめとったことを不快に思い、カパから逃げて、彼女の姉の所に身をよせた。しばらくして、ある男、ガソ、がウェアに結婚を申し込んだ。ガソはカパのところにやって来た。 ガソは、カパがウェアのために支払った婚資と同じだけの婚資をカパに与えると言った。しかし、カパはそれを断わった。 「弁済してしまえば、わたしたちは無関係の間柄になってしまう。弁済をしなければわたしたちの間に絆ができる。婚資は返す必要はない」と。

カパとガソに 負債 の関係がなくなると、二人の間は無関係となる(他人 となる)。しかしカパとガソに負債の関係がある限り、二人の絆 はつづくのだ。負債が絆を作り出すまさに アキカエシ の論理である。

2 負債と母方交差イトコ婚

この章ではこれまでの二回の発表を簡単にまとめる。 エンデの親族組織の特徴は、それが交換と不可分に絡みあっている、という点である。その特徴がもっとも如実にあらわれるのが、エンデの「母方交叉イトコ婚」である。 そして、この規則こそが、三つの発表を貫いている基調低音である。簡単に復習しよう。

エンデの「母方交叉イトコ婚」は、人類学の教科書にでてくる「母方交叉イトコ婚」とは異なる。その規則は(教科書の述べるような)親族の用語ではなく交換の用語で規定されるのである。

2.1 教科書の母方交叉イトコ婚

先ず教科書的な説明からはじめよう。 「母方交叉イトコ婚」とは、男が自分の母の兄弟(MBD、母方のオジ)の娘と結婚する制度である。人類学において長く議論されてきた制度である。

レヴィ=ストロース が長い論争に一つの決着をつける。母方交叉イトコ婚という制度は非対称的縁組 を生み出すことを示し、それを彼の交換理論の中に組み込んだのである。非対称的縁組としての「母方交叉イトコ婚」は次のような図で紹介される。

非対称的縁組としての母方交差イトコ婚

レヴィ=ストロースが『親族の基本構造』 (レヴィ=ストロース 2000) で「非対称的」 (asymmetric) と呼んだ縁組(alliance)である。エンデもまた「母方交叉イトコ婚」の規則をもつ社会として紹介されてきた。たしかにエンデの親族名称だけに焦点をあわせるならば、このような図が適切だろう。

非対称的縁組

母方交叉イトコ婚があるかどうかを見定めるのに、かつての人類学者が注目したのが 親族名称 である。じっさい、母方交差イトコ婚 を想定するとエンデの親族用語はとても分かり易い。(以下の例は男性を話者として想定している)父親と父親の兄弟が同じ名称(アマ)(ama) で、母親と母親の姉妹が同じ名称(イネ)(inE) で呼ばれる。自分の兄弟の子供と自分の子供が同じ名(アナ)(ana) で呼ばれる。以上の特徴は 単系性 を示唆している。

父の母(祖母)の兄弟の娘は、母と同じ名称(イネ)で呼ばれる。自分の息子の嫁の父親と自分の妻の兄弟は同じ名称(エジャ)で呼ばれる。自分の妹の息子と自分の娘の夫が同じ名称(アネ)で呼ばれる以上の特徴は 母方交叉イトコ婚 を示唆している

この親族用語に注目したのがニーダム(文献研究)であり、彼は エンデを 母方交叉イトコ婚 の規則をもつ社会として紹介する。 (Needham 1968) (Needham 1970) ところが、私が現地にいってみると状況はまったく違っていた繰り返すが、母方交叉イトコ婚の規則はまるで守られていない のだ

2.2 エンデの母方交叉イトコ婚

エンデの「母方交叉イトコ婚」規則は「ンブズ・ンドゥー // ヴェサ・スンダ」と呼ばれる。それは、親族の用語ではなく、交換 の用語で説明される。そして、それは 2世代 にわたる物語として語られるのである。 1世代目にある交換(ンガヴ、婚資)が行われ、それが2世代目の交換を規定するのだ。期待された交換がなされないとき、それは負債として残ることになる。

インフォーマントは母方交叉イトコ婚について、最初の世代 での出来事を「ワッウ・スイム // ナイ・スイム」というイディオムを用いて説明してくれる。この句は直訳すれば「ひとりが出て // ひとりが入る」となる。集団からある一人の女性が婚出する(その集団に婚資がはいる)。そして、(その婚資によって)その集団へもう一人の女性が婚入する。出た女性とそれを使った男性(兄弟)はとくべつな関係になる(婚資で結ばれた B/Z)。以上が第1世代の物語だ。

母方交差イトコ婚

婚資で結ばれた B/Z の子供同士 (BD/ZS) が結婚する。これは ンブズ・ンドゥー // ヴェサ・スンダ、すなわち、「象牙を辿り//婚資をむすぶ」と呼ばれる。

教科書に書かれた母方交叉イトコ婚では:(1)最初の世代で、性の違う(交叉の)キョウダイ(兄と妹、姉と弟)(B/Z) に焦点があてられる。(2)次の世代で、この二人の B/Z の子供同士(BD/ZS)が結婚するのだ。これが教科書的な母方交叉イトコ婚である。

エンデの「母方交叉イトコ婚」は大きく違う。(1)最初の世代で B/Z が婚資で結ばれる という出来事があった時にのみ問題になる。その場合にのみ、(2)次の世代でその子供同士(BD/ZS)が結婚することとなる。これが ンブズ・ンドゥー//ヴェサ・スンダ である。

婚資で結ばれた B/Z

2.3 前の2回の発表の結論

二回の発表では、以上のエンデの母方交叉イトコ婚を踏まえた上で、その規則が破られる様を描いた。そして、私は次のような結論を引き出した。 エンデの社会は、負債 が清算されそうになると、それを清算しないようにしたり(前々回の発表) あるいは清算した上で、あらたに 負債 の関係を作る(前回)ことによって、ますます成員相互の 絆 をつよめていくのである。 ここにおいて作動しているのがアキカエシ の論理なのだ。

3 負債と歴史の捏造

この章から「頭をつかむ」と呼ばれる制度についての議論に入ることとなる。 負債とは過去の出来事への言及を含む概念だ。今回の発表で扱うのは過去の書き換えである。 エンデの人たちは、現在負債がないのにもかかわらず(あるいは「が故に」)、 ありもしない過去の 負債 をわざわざ作って、負債をつくりだすことがある — これが「頭をつかむ」と呼ばれる支払いが行うことである。

3.1 ボウ

さて「頭をつかむ」支払いをめぐる議論で中心となるのがボウと呼ばれる制度である。まずボウ(直訳は「一緒」となる)について説明しよう。

婚資(ンガヴ)は結婚の際に婿側から嫁側に移動するが、婚資の移動はその時だけはない。婚資はつねに社会の中を移動している。 ボウを中心に、婚資の流れを説明しよう。

婚資(象牙や牛や金細工)は高額である。婚資は婿側 のグループだけではあつめられない。婿側のグループ は婚資を集めるべく集会(ボウ)の準備をする)。婿側のグループは、じぶんの 嫁を受け取る者 たちにボウ の知らせをもったメッセンジャーを送る。

しらせを受け取った嫁を受け取る者たち は出来るかぎりの婚資をもって、ボウにかけつける。ある者は 象牙 をもってくるかもしれない。牛 や山羊をもってくるものもいるだろう。最近は現金を持ってくるものも多くなった。ホスト側は前日から用意をする。当日、ホスト(婿側)は ご馳走 をもって客たち(嫁を受け取る者たち)をうけいれる。客たち は婚資をホストにわたし、飯をくって帰るこれが ボウ である。ボウは朝から晩までつづく。

婿側 は、あつめた婚資(象牙や牛など)をもって嫁側の村に行く。婿側がその婚資を 嫁側 にわたす。嫁側 は受け取った婚資 (ンガヴ)の大きな部分を。彼ら自身の 嫁を与える者(とりわけ嫁の母の兄弟)へと渡す。

かくして婚資は 嫁を受け取る者(婿側の嫁を受け取る者)から婿側 へ、さらに 婿側 (嫁を受け取る者)からその嫁を与える者(嫁側)へ、そして、嫁側から彼ら自身の 嫁を与える者へ と渡っていく。いずれ、彼ら(嫁側の嫁を与える者)もまた嫁を受け取る者としてあらたな 婚資の流れ に巻き込まれてゆくことになるだろう。

婚資の流れ

3.2 ボウに出席する嫁を与える者

以上の説明から分かるようにボウに出席するのはホストの嫁を受け取る者のみである。 ところが非常に稀ではあるが、ボウにホストの嫁を与える者が出席することがある。これが今回の発表のテーマ、「頭をつかむ」支払いの出現する場面であり、 歴史が作られる場面であるのだ。

ある日、私の「弟」カニスがボウにでかける所にであった。「誰のボウ?」と聞くと、「サムのボウだ」という。サムは、カニスの姉、カタの息子だ;たいへんに近い関係である私は納得して、彼を送った。つけ加えておくが、カニスとカタ(サムの母親)は普通の B/Z であり、婚資でむすびついた B/Z ではない。

しばらくして私はおかしなことに気づいた。カニスは、カタの娘 の結婚の際には(根幹の嫁を与える者 として)大きな婚資を受け取ることになるが、カタの息子 (たとえばサム)の結婚には関係しない筈なのだ。ボウに集まるのはホストの 嫁を受け取る者 だけである。わたしは翌日ボウから帰ってきたカニスに聞いた、「へんじゃないか?」。「変でもなんでもないさ」とカニスは言う。彼は次のように説明してくれた。

僕がサムのボウに行ったのはトッウ・ジョプ (to’u jopu)「頭をつかまえる」のためなのさ。母の兄弟である僕が行くことによって、彼のボウがうまく行くようにするためなのだ。

私はこの説明にどうもなっとくいかなかった。嫁を受け取る者しかいない筈のボウに嫁を与える者 が参加するという、いわばかなり異常な状態 の説明としては イマイチなっとくできなかったのだ。数年考えた。 COVID-19 になった。暇なので、古いフィールドノーツを読んだ。「トッウ・ジョプ」について(ボウ以外の)情報を見つけたのだ。(⇒ 去年の発表) A Ha! ⇒ きょうの発表

3.3 「トッウ・ジョプ」?

今日の聴衆の方の中には、「トッウ・ジョプ」という語を覚えている方もいるかもしれない。 KAPAL の前回(2022)の発表で言及した支払いである(COVID-19 で見つけた情報)。簡単に復習しよう。

ゼゾ・ウズ//ザンガ・ワラ

灰色グループの男(C3)が MBD (青色グループの女)ではない他の女性、 d3、 と結婚したとする。「母方交叉イトコ婚をしなかった」という行為(不作為)となるわけである。この時、 B(青色)のグループは、C(灰色)のグループに財を要求することができる。この財を「ゼゾ・ウズ」と呼ぶ。より正確にはゼゾ・ウズ//ザンガ・ワラ

「頭をとんで//肩をこえる」と呼ぶ

ゼゾ・ウズ(再掲)

このような ゼゾ・ウズ 支払いの要求を受けた灰色グループ(C)は、当該の(要求をした)ワイフ・ギバー、青色グループ (B) にたいして、それなりの 返礼 をあたえるように言う。この返礼を トッウ・ジョプ (「頭をつかまえる」)という。正確にはトッウ・ジョプ//デオ・ンゲロ(頭をつかまえ//頭頂をとらえる)という。

トッウ・ジョプ//デオ・ンゲロ

B がゼゾ・ウズを受け取りながら、トッウ・ジョプを与えるのを拒否するとき B と C の間に 婚資でむすばれた B/Z の関係はなくなる。「夜は姉妹、昼は兄弟」 kombE weta// rhera nara の関係はなくなるのである。トッウ・ジョプは、いわば、(貸し借り関係を 清算しないように)あらたな貸し借り関係を作り出すためにおこなわれるのだ。婚資で結ばれた B/Z からゼゾ・ウズを経て、トッウ・ジョプに至る道を図に示してみた。

簡単にまとめよう (1) まず B/Z が婚資でむすばれる。 (2) 次の世代で ZS が BD と結婚すれば(ンブズ・ンドゥー//ヴェサ・スンダ)、お互いに負債がなくなり、物語はおしまいとなる。

均衡(ちゃら)と負債(きずな)

3.4 負債の歴史を作り出す

さて、さきほどの図を参考にしながら、ボウに出席する嫁を与える者とトッウ・ジョプの意味を考えてみよう。 A Ha! の部分である。

カニスとサムの母、カタは兄弟・姉妹 (B/Z) である、しかし婚資でむすばれた B/Z ではないすなわち、サムはカニスの娘と結婚する(ンブズ・ーンドゥー//ヴェサ・スンダ の)必要はない二人の間に 負債 の関係はない

トッウ・ジョプ(再掲)

ところが・・・カニス(嫁を与える者)がサムのボウに出席して、トッウ・ジョプ を支払うという状況はいわば、(1) サムがすでに ゼゾ・ウズ を支払った状況と同様である。すなわち (2) サムがカニスの娘とンブズ・ーンドゥー//ヴェサ・スンダ結婚をしなかった状況だ、ということである。

カニスが トッウ・ジョプ を払うということはあたかも、(一世代前に)カニスとカタ(サムの母)の間が婚資でつながった B/Z であったかの如き状況が措定されているということである。すなわち、トッウ・ジョプによって、サムにとって(ありもしない)負債 がつくられたこととなるのである。そしてその負債がゆえにカニスとサムの はことさらに強くなるのだ。

トッウ・ジョプ(再掲)

4 結論

前回の結論にならべて、今回の結論を述べよう。ともにアキカエシに関連する。

エンデの社会では 負債 が清算されそうになると、それを清算しないようにしたりあるいは清算した上で、あらたに 負債 の関係を作ることによって、ますます成員相互の をつよめていくのである。ここにおいて作動しているのはアキカエシ の論理なのだ。

エンデの社会においては、しばしば、過去 において負債がない場所に、わざわざ 負債 をつくりだすのである。そうすることによってますます成員相互の をつよめていくのであるここにおいて作動しているのはやはり アキカエシ の論理なのだ。

参照文献

Needham, Rodney. 1968. “Endeh: Terminology, Alliance and Analysis.” Bijdragen Tot de Taal- Land- En Volkenkunde 124: 305–35.
———. 1970. “Endeh, II: Test and Confirmation.” Bijdragen Tot de Taal- Land- En Volkenkunde 126: 246–58.
親族の基本構造. 2000. 青弓社.