根幹から枯れ枝へ

エンデにおける「生命の流れ」の考え方

Satoshi Nakagawa

2026-06-17

1 はじめに

東インドネシアではワイフ・ギバーとワイフ・テイカーの関係が、社会の基礎をなす (van Wouden 1935)。 J.J. フォックスはそれを「生命の流れ」という考え方で読み解いた (Fox (ed) 1980)。 いくつかの社会では、エゴにたいして二種類のワイフ・ギバーがあり、それもまた「生命の流れ」で説明しうる。

今回の発表は、東インドネシア、フローレス島に住むエンデの人々のワイフ・ギバー/ワイフ・テイカー関係に焦点をあてる。 エンデにもまた二種類のワイフ・ギバーがあるのだが、それは「生命の流れ」では説明することは難しい。この特異なワイフ・ギバー(「男の背中」と呼ばれる)が選ばれるロジックを解明するのが、この論文の目的である。

2 生命の流れ

「はじめに」からも明らかな様に、この論文が扱う問題は地域(東インドネシア)限定で、かつすこぶるテクニカルなもの(ワイフ・ギバー)である。 この章では、この問題の人類学的な重要性を理解してもらうために、東インドネシアという地域のもつ意義、そしてその中でのワイフ・ギバー問題の占める位置を紹介したい。

東インドネシア

2.1 三分法から一般交換へ

ここではオランダ構造主義者、ファン・ワウデンによる東インドネシア研究 (van Wouden 1935) から、レヴィ=ストロースの構造主義宣言の書ともいえる『親族の基本構造』 (Lévi-Strauss 1949) へ至る路をたどる。

1935年に出版されたファン・ワウデンによる『東インドネシアにおける社会構造のタイプ』 (van Wouden 1935) は、オランダ構造主義の嚆矢となる著作である。彼は、東インドネシアの諸社会の重要な特徴として、社会の特別な種類の三分法を挙げる。すなわち、自己のグループ (OG)、およびそのワイフ・ギバー (WG) とワイフ・テイカー (WT) である。この三分法を可能にしているのが母方交叉イトコ婚である。

三分法

なお、この図から明らかな様に、重要なのは妻の与え手(ワイフ・ギバー)ではなく、母の与え手(マザー・ギバー)である。この事実は東インドネシア一般にいえる。1 この問題に限らず「ワイフ・ギバー」という語には、他にも問題があるが、2 長い学問的な積み重ねのある語を変換することは、それ自身一つの論考を必要とする事件である。この論文では「ワイフ・ギバー」という語を、そのまま使用することとする。

レヴィ=ストロースはファン・ワウデンを受けて親族の構造主義的議論を発展させた。彼は婚姻の目的をコミュニケーションととらえた。彼は、結婚をグループ間のコミュニケーションとした上で、交換の一般理論を展開した。レヴィ=ストロースによれば、交換には二つのグループが直接にモノを交換しあう限定交換(あるいは直接交換)と、モノが一方向に進む一般交換とがある。そして母方交叉イトコ婚は「一般交換」なのである。

一般交換
限定交換

2.2 規定から生命の流れへ

この節 2.2 では、レヴィ=ストロースを受けて英国の構造主義を率いたニーダムの議論、そしてニーダムを継承しつつ、議論に大きな転換を導入したフォックスについて述べたい。

ニーダムは交叉イトコ婚と報告されている諸社会の民族誌を広汎に読み( (Needham 1958) 、 (Needham 1966) など)、つぎのことに気がついた。すなわち、(彼によれば)ある社会ではイトコ婚が「したがったほうがいい規則」として考えられており、他の社会ではそれが「したがわなくてはいけない規則」として考えられている、というのだ。ニーダムは前者の規則の形態を「選好」(preference) と、後者を「規定」 (prescription) と呼んだ (Needham 1973)。そして、彼は、規定としての交叉イトコ婚のみを探求の対象とすると宣言した。

この規定と選好の区別は、思った以上に問題をはらんだ区別であった。試みに、エンデの「母方交叉イトコ婚」の規則をみてみよう。それはほとんど誰も従っていない規則である。それは選好でさえないのだ。それにも拘わらず、その規則は重く人々の日々の生活を規定する。(エンデの母方交叉イトコ婚については後に詳述する。)エンデの規則は、選好なのだろうか、規定なのだろうか?

ニーダムは、選好と規定の曖昧さ 3 から派生する諸々(もろもろ)の問題を避けるために、現実の縁組からじょじょに名称体系 (kinship teriminology) に焦点をずらしていくことになる。彼の立ち位置は著作毎に微妙に揺れているが、彼が名称体系から描きだす母方交叉イトコ婚の理念的モデルは以下の図にあらわすことができよう。

規定的な母方交叉イトコ婚

フォックスは、ニーダムの指導のもと、東インドネシアのロティ島でフィールドワークを開始した。そこに「規定 (prescription)」としての交叉イトコ婚はなかった。フォックスがあらためて注目したのは、ファン・ワウデンに戻って、ワイフ・ギバーとワイフ・テイカーの関係である。

彼の探求の特徴は、性急に理論的なモデルを追わないことである。その代わりに、彼は民俗モデルを重視する。人類学的な営みの出発点として「民俗モデル」の探求をする、というフォックスの選択は東インドネシア研究に大きな転換点をもたらした、と私は思う。私がここで行なうのもエンデの民俗モデル(「アキカエシの原理」)の追求である。

フォックスが東インドネシアの民族誌を読み込む中で発見したのが、人々のもっている共通した「生命観」である。彼らは、生命がワイフ・ギバーからワイフ・テイカーへと流れる考えているのだ。すなわち、生命は女性とともに移動するのである。これを「生命の流れ原理」と呼ぼう。

生命の流れ

エンデにおいても生命の流れ原理は重要である。エンデにおいて、母の兄弟 (MB) は「根幹のワイフ・ギバー」 (ka’é embu pu’u) と呼ばれ、他のワイフ・ギバーとは区別される。母の兄弟 (MB) は幹と根(pu’u kamu) としてあなた(姉妹の息子)を支えるのだ。母の兄弟 (MB) のいない人間というのは、「奴隷 (ata xo’o) か妖術師 (ata porho) みたいだ」と言われる。 母の兄弟 (MB) は、あなたに対して大きな力をもっている。母の兄弟 (MB) はあなたを支えるだけでなく、呪い殺すだけの霊的な力をもっているとされる。

フォックスは、続けて、東インドネシアに時おりみられる自己 (OG)を規定する二種類のワイフ・ギバー について述べている。4 どの社会でも第一のワイフ・ギバーは母の兄弟(MB)(そしてその集団)である。いくつかの社会では(ロティ、ケマック、マンバイなどにでは)、それに加えて、ワイフ・ギバーのワイフ・ギバー(MB の MB、すなわち MMB)もまた重要とされている。 この二つ目のワイフ・ギバー を理解するのは難しくはない。ここでは、生命の流れ原理が二回適用されているのだ。すなわち、 MMB (MB の MB) が「生命」を MB に与え、 MB 自身は彼が受けとった「生命」を「わたしたち」(OG) へと伝えるのである。二つのワイフ・ギバーは言わば「生命の通り路」 (“Path of Life”) (Fox 1980c: 119) を構成している。

生命の通り路

2.3 エンデのワイフ・ギバー

以上の学説史的文脈の中で、エンデの民族誌を見ると、その特異性がうかびあがってくる。 この節で、その特異性を簡単に紹介しよう。

エンデにも自分のグループ(OG)を規定する二つのワイフ・ギバーがある。一つは母の兄弟 (MB)に代表されるワイフ・ギバーである。彼らは「根幹のワイフ・ギバー」あるいは「女の背中」と呼ばれる。二つ目のワイフ・ギバーはMMB ではない。二つ目のワイフ・ギバーは FMB (「枯れ落ちた枝」あるいは「男の背中」と呼ばれる)である。 二つのワイフ・ギバーのあいだに「生命の通り路」はない(次の図を見よ)。なぜ、エンデはこの不思議な二つ目のワイフ・ギバーを選んだのだろうか?この選択の背後にあるロジックはどのようなものなのか、それを探るのが、この論文の目的である。

二つのワイフ・ギバー
生命の通り路(再掲)

次章では、この問題(男の背中の謎)を解くためのもうひとつの背景、エンデの親族体系を、ワイフ・ギバーに焦点をあてながら紹介する。

3 アキカエシ

エンデの親族体系には「生命の流れ原理」の他に、二つの原理が働いている。 その第一の原理は、親族関係がつねに交換と表裏一体だということ、あるいは交換が関係を生み出すということ (中川 1992) である。 これを、この原理の発見者であるモース (Mauss 1990 (1950)) にちなんで「モースの原理」と呼ぼう。 二つ目の原理は、恩義/負債は紐帯を生み出すという事である。 これを「アキカエシの原理」と呼ぶ。

3.1 アキカエシの原理

モースの原理のエンデでの顕れについては『交換の民族誌』 (中川 1992) で詳細に説明しているので、 この節ではアキカエシ原理がどのようなものかを解説したい。

「アキカエシの原理」(恩義/負債と紐帯の原理)を解説するために、わたしの三つの論文、アキカエシ三部作の内容を超特急でまとめることとしよう。次の三つの論文である — 「象牙をたどる: エンデで従われない規則を守る仕方」 (中川 2020)、「トウモロコシを搗く: エンデで従われない規則を破る仕方」、 (中川 2022) 、そして「頭をつかまえる: エンデで歴史を書き換える仕方」、 (中川 2023) である。 「アキカエシ」の語は折口信夫の『古代人の思考の基礎』 (折口 2006 (1929)) から採用したものである。古代の日本で、「負債が紐帯を作り、そして負債がなくなれば紐帯もなくなる」という考えがあった。これを折口にならい「アキカエシ」の原理と呼ぶこととする。そして、エンデではこの原理が、交換を通して社会を支配しているのである。

すべてはエンデの特別な「母方交叉イトコ婚」から始まる。「ンブズ・ンドゥー // ヴェサ・スンダ」 (mburhu nduu//wesa senda) 婚と呼ばれる結婚の仕方である。5 この制度にはモースの原理(「交換が関係を生む」)とアキカエシの原理(「恩義/負債が紐帯をつくる」)が交錯して顕れている。

わたしの妹が結婚したとしよう。わたしの親族は、彼女の婚資(牛や象牙)を手にいれることになる。わたしが結婚するときに、その全てをつかったとしよう。このときのわたしと妹の関係を「婚資で結ばれたキョウダイ」と呼ぼう。6 私と婚資で結ばれたキョウダイである妹は、わたし(兄)に対して私の娘を嫁としてもらう権利があるとされる。わたしは彼女に恩義/負債を負うているのだ。二人の間には、アキカエシに基づく強い紐帯があることとなる。

兄に生まれた娘 (b2) に、妹が権利をもつ

婚資で結ばれたキョウダイの子供同士での結婚が行なわれる時、それは「母方交叉イトコ婚」、すなわち「ンブズ・ンドゥー // ヴェサ・スンダ」婚となる。その結果として(1)灰色グループにとってのワイフ・ギバーが2世代にわたって固定される。そして、(2)わたしの子孫と妹の子孫の間の特殊な関係はなくなる。恩義/負債が清算されたので、紐帯も消えたのだ。

エンデでは、しかしながら、そのような結婚(「母方交叉イトコ婚」)は稀である。結婚が行なわれない事によって、わたしの子孫と妹の子孫は、恩義/負債を通じて、つよい紐帯が残るのだ。これが〈守られないにも拘わらず、人々を強く拘束する〉エンデの「母方交叉イトコ婚」なのである。以上が第一論文の骨子である。

二番目の論文は「トウモロコシを搗く」支払いをめぐる論考である。「トウモロコシを搗く(ジャワ・トサ)」支払いは、「母方交叉イトコ婚」をしない場合の支払いである。既に述べたように、母方交叉イトコ婚をしないという事は、次世代にも恩義/負債が続くことを意味する。「トウモロコシを搗く」支払いはその恩義/負債を清算する。そして、それに伴なった紐帯もなくなる。

じつは、その紐帯をとりもどす方法もまた存在する。「ジャワ・トサ」に対して、カウンターギフトを贈ればいいのである。そうすることにより、負債は甦る。そして紐帯も続くのだ。

三番目の論文は、「頭をつかむ」(トッウ・ジョプ)という制度をめぐる論考である。「頭をつかまえる」には二種類ある。一つは「婚資で結ばれたキョウダイ」がある場合と、そのような関係がない場合である。 前者の場合は、期待される結婚(母方交叉イトコ婚)が行われなかったときの支払いである。後者は、「頭をつかむ」を行なうことにより、そのような関係(婚資で結ばれたキョウダイ関係)が生成されることになる。後者は、モースの原理の典型的なあらわれであると言える。「頭をつかむ」(トッウ・ジョプ)の詳細については、後にもう一度あつかう。

エンデの社会は生命の流れ原理に基づいた上で、モースの原理とアキカエシの原理によって調整されているのである。社会のさまざまな場所で様々な交換が行なわれるが、根本的な目的は、交換によって負債を作り(モースの原理)、そうして紐帯をつくること(アキカエシの原理)なのである。

3.2 婚資の流れ

エンデにおいて(ワイフ・ギバーからワイフ・テイカーへの)生命の流れは、 その逆方向(ワイフ・テイカーからワイフ・ギバーへ)の婚資の流れによって可視化される。 「男の背中」と呼ばれるワイフ・ギバーが顕れるのは、その婚資交換の流れの中でのことである。

ここでは、花婿側が婚資をあつめ、それを花嫁側にもっていく次第を、 そして、婚資の交渉の後に、婚資を受け取った花嫁側が、それを自身のワイフ・ギバーへと渡す過程を記述する。

エンデの男が結婚をするには婚資/財(象牙や牛や金細工)が必要である。婚資は花婿側 のグループだけではあつめられない程に高額である。花婿側のグループ は婚資を集めるべく集会(ボウ)の準備をして、メッセンジャーを自分のワイフ・テイカーたちに送る。

しらせを受け取ったワイフ・テイカーは出来るかぎりの財をもって、ボウにかけつける。ある者は象牙をもってくるかもしれない。牛や山羊をもってくる者もいるだろう。最近は現金を持ってくるものも多くなった。

当日、ホスト(婿側)はご馳走をもって客たち(ワイフ・テイカーたち)をうけいれる。というわけでホスト側の出費も相当なものとなる。客たち(ワイフ・テイカーたち)は婚資をワイフ・ギバーであるホスト(花婿のグループ)に渡し、食事を食べて帰る。これが ボウ である。

ボウを通じて集めた婚資をもって、婿のグループ(ワイフ・テイカー)は花嫁のグループ(ワイフ・ギバー)の村へと出発する。花嫁の村で行なわれる婚資の引き渡しとその翌日の結婚式のためである。7 花婿のグループは、花嫁(ワイフ・ギバー)の村に客として迎えいれられ、食事をふるまわれる。

夜、婚資の受け渡しが行なわれる。ンバッボと呼ばれる交渉が花婿側と花嫁側との間でとり行なわれるのである。ンバッボでワイフ・ギバーから要求される婚資がすべて支払わることはない。ワイフ・テイカーは負け(負債)を認め、「(私たちの家の)扉は閉まっていない//梯子はひきあげられていない」 (péré iwa rhé’u//tanga iwa rha’i) という決まり文句で交渉を終える。「(ワイフ・ギバーたちよ、後日君らが)困窮したら、いつでも来い」という宣言である。恩義/負債は続くのである。そうして、紐帯もつづくのである。

かくして、花婿側が集めた婚資が花嫁側に与えられる。しかし、ンバッボはこの段階で終わったわけではない。花嫁のグループは、いま受け取ったばかりの婚資を彼らのワイフ・ギバーたちに分け与える必要があるのである。すなわち、ボウ以来の婚資の流れは以下の図のようになる。

婚資の流れ

婚資を受け取る花嫁側のワイフ・ギバーは二種類ある。母の兄弟 (MB) と父の母の兄弟 (FMB) である。母の兄弟 (MB) は「女の背中」(rhonggo ata hai) と、父の母の兄弟 (FMB) は「男の背中」 (rhonggo ata xaki) と呼ばれる。

女の背中と男の背中

彼らの呼び名は詩的な呼び名(ンブク)と一般的な呼び名がある。8 ンブクの中では、MB は「ウェカ・テッエ//ソロ・ザニ」(weka té’é // soro rhani) (ゴザを広げ、枕をととのえる)と、 FMB は「クマ・ンベキ // ロナ・ソジャ」(kema mbéki // rona soja) (寝室を作り//部屋をこさえる)と呼ばれる。

MB のグループは「女の背中」の他に、「カッエ・ウンブ・プッウ」(根幹のワイフ・ギバー)あるいは「プッウ・カム」 (pu’u kamu) (幹と根)と呼ばれ、 FMB のグループは「トゥブ・トゥッウ // ハタ・ムヴ」tubu tu’u // hata mewu (乾いた切り株、ぼろぼになった枯れ枝)9 と呼ばれる。

代表 名前 直訳 別名
MB ゾンゴ・アタ・ハイ 女の背中 根と幹
FMB ゾンゴ・アタ・アキ 男の背中 切り株と枯れ枝

3.3 まとめ

もし、婚資が生命の流れを逆に辿るのなら、婚資は生命の通り路を辿って MB と MMB に至る筈である。 ところが、エンデでは、婚資は MB (女の背中)と FMB(男の背中) に流れる。 この流れは生命の流れ原理だけでは説明がつかない。 次章は、この「男の背中の謎」ともいうべきアノマリーに迫っていきたい。

この「まとめ」の節では、「男の背中」についてのメモ的なものを書きつけておきたい。

「ゾンゴ・アタ・アキ」(「男の背中」)という語がいつから使われはじめたのかは不明だが、 1980年代、90年代には使われていなかったと思う。古いフィールドノーツを見る限り、 FMB は「ハタ・ムヴ」(枯れた枝)として、それなりの婚資を受け取っていたようである。 2000年代、もしかしたら2010年代に入ってからのことだと思うが、「ゾンゴ・アタ・アキ」(男の背中)という語が頻繁に使われはじめた。少なくとも私が「ゾンゴ・アタ・アキ」について居心地の悪さを感じはじめたのはその頃だった。

2011年に男の背中の重要性を示す興味深い出来事があった。ある日、いくつかの谷を越えた、とある村の男(ラサ)が、私の住んでいた村まで来た。彼は自分の妹の結婚に際して、妹の「男の背中」(ゾンゴ・アタ・アキ)(もちろん、自分の「男の背中」でもある)を探しに来たのだ。最終的に、ラサの探していた「男の背中」は、ハニ(私がお世話になっている男性)であることがわかった。ハニは、ラサの妹の結婚式で馬を贈られた。 「根幹のワイフ・ギバー」(女の背中、母の兄弟 (MB))がいなければ「妖術師も同様だ」という語りは聞いていたが、男の背中がこれほど重要だということを聞いて、わたしは少なからず驚いた。いよいよ謎は深まった。

4 男の背中

いよいよこの論文の本論にはいることになる。 エンデで「男の背中」(FMB)というワイフ・ギバーが選択されるのは、いったいどのようなロジックに基づいているのか、その答をさぐっていこう。

4.1 頭をつかまえる論理

この節では、男の背中ワイフ・ギバーと「頭をつかむ」(トッウ・ジョプ)制度の関連について述べたい。

その関連に気づいたのは、村で最近おきたある不思議な出来事がきっかけである。まず、その出来事から物語を始めよう。

ハニの馬の事件につづけて、最近(2024年)、男の背中の重要性を示すもう一つの出来事があった。ある非典型的な結婚に関係する出来事である。イェナとビクトールの結婚である。イェナは、母がマレーシアへの出稼ぎ先で生んだ娘である。父親はマンガライ人(フローレス島の西端に住む民族)である。「男の背中」とは父のワイフ・ギバーのことであるので、父が誰かも分からないイェナには「男の背中」をさがしようもなかった。

イェナ側が選んだのは、驚いたことに、ビクトール(花婿)側のシンセキであった。ビクトールの MB、「根幹のワイフ・ギバー」(「女の背中」)をイェナ自身の「男の背中」として選んだのである。

イェナとビクトールの状況

いささか納得のいかない選択ではあったが、このカップル(イェナとビクトール)の次世代を考えてみると、それなりに意味をなす選択であることが分かる。次の図を見よ。