ピジョンホールの中から

Satoshi Nakagawa

願わくは,これを語りて,平地人を戦慄せしめよ,---,柳田国男『遠野物語』

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2 文化相対主義の誕生―サピア・ウォーフの仮説

続いて、ミードと同じくボアズの弟子である言語学者エドワード・サピア、そして彼の弟子であるベンジャミン・ウォーフの相対主義を紹介したい。彼らの相対主義は、ミードのそれに比べれば、一般社会への影響力は弱かっただろう。しかし、その理論的含意は大きく、今も人類学(そしてその他の学問領域に)大きな影響力を持っているのだ。

彼らの主張は、しばしば「サピア・ウォーフの仮説」として語られる。教科書的に説明しよう。仮説の強いバージョンは次のように主張する:言語が思考を支配する、と。弱いバージョンは言う、「言語が思考に影響を与える」と。

「考えがあるのだが、うまく言い表せない」と言うことがある。その言い回しに現れている考え方は、まず思考があり、それを言語で表わすという手続きである。サピア=ウォーフの強い仮説は、そのような考え方は間違っていると言うのである。思考とはまず言語であり、言語ぬきの思考はあり得ないというのである。

サピア=ウォーフの二種類の仮説にほぼ重なるのがスウォイヤーの言う二つの相対主義である。一つめの相対主義は、ある文化で真である命題 P が他の文化では偽となると主張する、そのような相対主義である。二つめの相対主義は、ある文化で真である命題 P を他の文化では表現できないと主張するのである。前者を「弱い仮説」へ、後者を「強い仮説」へと重ねることができるであろう。1

私は、もちろん、仮説の強いバージョンのみを問題にしたい。それは翻訳不可能性と裏表になる相対主義である。

2.1 世界と概念枠組

サピア=ウォーフの強い仮説を示す引用を、マンデルバウムの論文から引用したい。

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各言語の背景となる言語体系(換言すると文法)は、たんに観念を音声化し再生する道具ではなく、むしろそれ自身観念の形成者であり、個々人の精神活動、個々人の印象の分析、交渉で得られた個々人の精神的蓄積の総合などのための指針や手引きである。・・・われわれが現象の[84/5] 世界から遊離させる範疇や類型は、そこには見られない。というのも範疇や類型はあらゆる観察者に明白に現われるからである。逆に世界はわれわれの精神によって組織化されるべき印象の万華鏡劇な流れとして呈示されるのであって― このことは主としてわれわれの精神に存している言語体系ということで意味していることである。

ウォーフのこの宣言を二つに分けて考えてみよう。第一は混沌した世界とそれを組織化する精神である。もう一つは精神を作るものとしての言語である。すなわち、言語が精神を作り、それにしたがってわれわれは混沌した世界を組織化することになるのだ。

そしてこの精神、あるいは観念は、言語によって形作られているというのである。

前章で述べた相対主義の第一テーゼ、「異文化に住む人間は異なる世界に属する」が彼らによって明瞭な形で述べられることになる。

ここでは、有名なホピの例だけ取り上げよう。ホピ族の言語には時間に関するさまざまな道具立てが欠けている。「過去」「いま」「未来」の時制がなく、(日本語のように)それを表現するすべがないのだ。「同時」という考え方もないのである。

さらに [ under construction 主語・述語構造がない ]

2.2 こそあど―意味の反転

[ under construction 色や料理や動物の分類 ]

[ under construction tunu の話などなど ]

[ under construction 英語と日本語とエンデ語 ]

ここでは、ひじょうに単純で、しかし世界が変わるような例を、わたしのエンデでのフィールドワークから紹介したい。いわゆる「こそあど言葉」についての例だ。

こそあど
こそあど

意味の反転世界相貌が変わる。

3 共約不可能性―クーンの科学論

サピア・ウォーフの仮説以上に人類学の文化相対主義に大きな影響を与えたのがクーンによって1962年に発表された『科学革命の構造』()である。

3.1 クーンの歴史観

[ under construction ]

クーンの科学の歴史
クーンの科学の歴史

3.2 通常科学の時代

アルマゲスト』 (プトレマイオス 1993) [ under construction ]

[ under construction ]

[ under construction ]

エカント
エカント

[ under construction ]

(小山 1997: 13) (村上 1986 (1974): 40)。

3.3 危機

[ under construction ]

プトレマイオスの後継者たちは「周転円に周転円をそして離心円に離心円を付け加え」 (クーン 1989 (1957): 110) ていった。その結果「天文学はおそろしく複雑になり、一方を直せば他のほうに食い違いがまた現れるという有様になった」 (クーン 1971: 77)のである。

3.4 革命

[ under construction 傍若無人の子供たち ]

[ under construction 狼のパズル ]

[ under construction 子供たちの勝利 ]

[ under construction コペルニクス革命 ]

[ under construction 革命当時の理論の正確さ ]

[ under construction ] コペルニクス以後の時代の人は、古い天文学において太陽が「惑星」に含まれている (クーン 1971: 74) (ハッキング 1986: 17) のを聞いてびっくりするだろう。二人は異なった世界を生きているのだ。

[ under construction ] クーンは次のように結論づける― 「古い対象を古い観測器具で見ながら、天文学者たちは新しいものを楽にどんどんと見付けていったことからして、コペルニクス以後は、天文学者は異なった世界に住むようになったといいたくなる」と。

傍若無人の子どもたちが勝利を得ることとなったのです。

[ under construction ハンソンの「観察の理論負荷性の議論」 ]

4 ピジョンホール文化相対主義

それは、「異なる文化に属する人々は異なる世界に住む」(これは濱本論文の冒頭の引用である)というテーゼだ。このテーゼ自身は、それほど奇を衒ったものとは思えない。しかし、そのテーゼと表裏一体となったものとして、さらに「異なる文化に属する人々は理解できない」というテーゼも同時に主張するとき、相対主義は「無防備な立場」となろう。そして、この「無防備な立場」こそ、わたしが弁護したい類の相対主義である。この相対主義を知的「アパルトヘイト」と呼ぶことも可能だろうが、わたしは、ピジョンホール(鳩の巣箱)相対主義と呼びたい。

ピジョンホール
ピジョンホール

4.1 二つのモデル

このようなピジョンホール文化相対主義が成り立つためには、次のような言語観を必要とする:

  1. コミュニケーションは話し手が自分のメッセージを規則にのっとってコードに載せ、聞き手はそのコードを規則にのっとってデコードする、

  2. これらの規則は文化の中で共有されている。この言語観を野矢にならって()「水源地モデル」と呼ぶこととしよう。ひとつの水源地があり、共同体のすべての成員がそこから水を汲むとき、全員が同じ水を共有することになる。規則もそれと同じように、水源地から共同体に供給され、全員がその規則を共有するようになる、というわけである。

以上のように私の擁護したい文化相対主義、すなわちピジョンホール文化相対主義を提示したとたんに、読者はすぐにも反応したくなるであろう。というのは、これこそ、批判を恐れて誰もが公言しなかった類の、すなわち「無防備な」相対主義であるからだ。

5 まとめと展望

5.1 まとめとキーワード

[ under construction ]

5.2 展望

[ under construction ]

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  1. 残念なことにスウォイヤー自身は、前者を「強い相対主義」と、そして後者を「弱い相対主義」と呼んでいる。